「不当に評価されていない」と思った夜
30代半ば、私は深夜に居酒屋でビールを飲みながら、こう呟いていました。
「俺、本当はもっとできるはずなんだ。なのに会社は分かっていない」
同じ時期、20代後半の頃には全く逆のことを思っていました。
「自分なんて全然ダメだ。あの企画、手を挙げるんじゃなかった」
過大評価と過小評価。40年振り返って気づいたのは、これは別物の悩みではなく、同じ「自己評価のズレ」の表と裏だということです。本記事では、このズレを直すために私が辿り着いた、5つの具体的な技術をお伝えします。
過大評価と過小評価、どちらも止まる
過大評価する人は「自分はもっとできる」と思って、不満を溜めます。過小評価する人は「自分なんて」と思って、挑戦を避けます。結果として、両方とも成長が止まる。
| 過大評価 | 過小評価 |
|---|---|
| 「俺はもっとできる」 | 「私なんて無理」 |
| 不満が溜まる | 挑戦できない |
| 環境のせいにする | 自分のせいにする |
| 協力してくれる人が減る | 機会を逃す |
違う方向に偏っているように見えて、行き着く先は同じ——「成長の停止」です。
適切な自己評価は、その中間にあります。「自分はここまではできる、ここから先はできない」と冷静に把握している状態。これを「自己認識の解像度が高い」と私は呼んでいます。
技術1:「事実」と「感想」を分けて書き出す
自己評価がズレる最大の理由は、事実と感想を混ぜて考えているからです。
例えば「上司が俺の企画を採用しなかった」という出来事を考えてみてください。これに対して、ほとんどの人はこう考えます。
- 「上司は俺の力を分かっていない」(過大評価)
- 「やっぱり自分の企画は通用しない」(過小評価)
でもこれ、両方とも「感想」です。事実は「企画が採用されなかった」だけ。事実から感想に飛ぶ間に、無意識のバイアスが入っています。
私が30代後半から始めたのは、紙に縦線を引いて「事実」と「感想」を分けて書くことでした。
| 事実 | 感想 |
|---|---|
| 企画書、9枚提出した | 頑張ったのに |
| 上司は3つの懸念点を指摘した | あら探しされた |
| 採用されなかった | 評価されていない |
こう書くと、感想の側にどれだけ自分の決めつけが入っているかが分かります。「あら探し」は感想ですが、3つの懸念点は事実。この事実こそ、改善のヒントです。
技術2:他人の評価を「3点平均」で考える
自己評価がズレる人は、特定の1人の評価に振り回されがちです。
「上司に褒められた」→ 自信過剰に。「先輩に否定された」→ 落ち込む。これは1つの声を全体だと誤解している状態です。
私が40代で身につけたのは、最低3人の意見を集めてから自己評価を更新する、というルールです。
- 直属の上司
- 同僚(横の視点)
- 取引先や他部署(外の視点)
3人の意見が一致した場合は、それは事実に近い。3人がバラバラなら、それは「ある条件下での評価」に過ぎない。
1人の声だけで自己評価を上下させると、永遠に振り子のように揺れ続けます。3点平均は、その振り子を止めるアンカーです。
技術3:「過去の自分」とだけ比較する
同期と比較して落ち込んだことは、誰でもあるはずです。私もありました。同期Aの方が早く昇進した。同期Bの方が大きな案件を任された。比べるたびに、自己評価は揺れます。
40代で私が決めたルールは、たった一つ——「他人ではなく、3年前の自分とだけ比較する」。
3年前の自分にできなかったことが、今できているか。3年前は知らなかったことを、今知っているか。これだけを評価軸にしました。
不思議なことに、これを始めてから「同期と比べてどう」という不安はほぼ消えました。他人との比較は、自己評価を歪める最大の毒です。比較相手を「過去の自分」に固定すると、嫉妬も焦りも消えます。
技術4:「できないこと」を5つ言えるか
これは少し意外な技術です。
過大評価している人は、自分が「できないこと」を具体的に言えません。「まあ、何でも頑張ればできる」と曖昧に逃げます。逆に過小評価の人は「何もできない」と全否定する。
適切な自己評価がある人は、「自分ができないことを、具体的に5つ列挙できる」のです。
私が今でも言えるリスト——
- 緻密な数値分析(Excel関数を駆使した分析が苦手)
- 初対面の場での雑談
- 細部の校正・誤字チェック
- 長期間のスケジュール管理
- 複数言語を扱う仕事
これが言えると、不思議なことに自信が逆に湧いてきます。「これはできない、でもこれはできる」と境界線が見える。境界線がない人ほど、自己評価が荒れます。
技術5:年に1回、「見えない強み」を他人に聞く
最後の技術は、勇気が要りますが効果が絶大です。
年に1回、信頼できる同僚や上司、または家族に、こう聞いてみてください。
「私の強みって、何だと思いますか?」
自己評価のズレは、自分では見えない盲点で起きます。他人の目には明らかな強みが、自分にとっては「当たり前だからできて当然」に見えていることが多い。逆に、自分が誇っている部分が、他人から見れば「普通」のこともある。
私はこれを40代で初めてやりました。聞いた相手は妻と、信頼している後輩2人。返ってきた答えは、私の自己評価とは半分以上ズレていました。
- 自分が強みだと思っていた「企画力」→ 他人からは「人を巻き込む力」と評価
- 自分は弱みだと思っていた「決断の遅さ」→ 他人からは「丁寧に確認する強み」と評価
このズレが見えた瞬間、自分の戦い方が大きく変わりました。強みは自分で決めるものではなく、他人に発見してもらうもの——これが40年での結論です。
ケーススタディ:自信過剰だった部下Tさんの転機
30代の部下Tさんは、自分のスキルに過剰な自信を持っていました。営業成績は確かに上位でしたが、チームへの態度が問題で、周囲との摩擦が絶えませんでした。
私は彼に、技術5の「他人に強みを聞く」を勧めました。彼は信頼できる同僚3人に聞いた結果——驚くべき答えが返ってきました。
「営業力はあるけど、チームを潰すから一緒に働きたくない」
自己評価では「優秀な営業」だったTさんは、他者評価では「成果は出すが組織に害悪な存在」だったのです。このフィードバックが彼を変えました。1年後、彼は「成果も出し、チームからも信頼される」存在に変わっていました。
適切な自己評価は、痛みを伴うことがあります。でも、その痛みなしに成長はありません。
まとめ:自己評価は「直す」ものではなく「更新し続ける」もの
自己評価は、一度直せば終わりではありません。年齢、立場、環境が変われば、適切な自己評価も変わります。大事なのは、ズレに気づいた時に修正できる仕組みを持っておくことです。
もし1つだけ始めるなら、私は「技術1:事実と感想を分けて書く」をおすすめします。紙とペンさえあればできて、ズレに気づく感度が一気に上がります。
過大評価で不満を溜めるのも、過小評価で挑戦を避けるのも、どちらも自分を縛る鎖です。自己評価を更新できる人だけが、長く成長し続けられる——これが、40年で見た景色です。